音楽の部屋

  • 日本初の「ショパン弾き」澤田柳吉

    日本では、明治期から「ショパン弾き」と呼ばれたピアニストがいた。それは、澤田柳吉というピアニストである。

    澤田柳吉(1886-1936)

     明治19年3月19日生(先行研究では3月13日)

     昭和11年9月16日没(京都にて脳溢血により死去)

    澤田柳吉の音楽活動の概要は以下の通り。

    明治35年(16歳) 東京音楽学校器楽部予科に仮入学

    明治36年(17歳) 東京音楽学校本科器楽部に入学

    明治39年(20歳) 東京音楽学校本科器楽部を卒業

      選抜の卒業演奏会に出演(ベートーヴェン作曲 ソナタ》op14 No.1

      在学中にショパンのワルツを演奏、卒業後も研究科・聴講科に残る

      女子音楽学校の教員としてピアノ教授

    明治40年(21歳) 卒業後すぐに演奏活動を開始

                伴奏者としてレコード録音多数

    明治42年(23歳) 台湾に音楽教師として赴任

    明治43年(24歳) 調和楽として楽譜を出版。以降多くの作品を出版する 

    明治45年(26歳) 華族会館にて日本人としてはじめてピアノリサイタルを行う

    卒業式記事『音樂新報』第3巻7号(明治39年)

    東京音楽学校の卒業式では久野ひさ、川久保美須々と共に、ピアノ演奏者に選出されて、ベートーヴェン作曲《ピアノソナタ》作品14-1を演奏

    明治40年日本楽器創立10周年記念

    東京音楽学校卒業の翌年、明治40年日本楽器創立10周年記念に来賓として招かれ、ベートーヴェン作曲《ピアノソナタ》作品27-2「月光」を演奏。


    澤田の演奏への評価

     ショパンの名について、直ちに聯想するのは、吾が樂界の澤田柳吉氏である。と云ふのは、氏の性格がショパンに似てゐると云ふ意味でもなく、また氏の作品が彼と共通點を有してゐると云ふ意味でもない。ただ氏の演奏的態度が彼の作品と頗るよく融和してゐるからである。數年前「鮮麗なるワルツ」Valse brillante の演奏に接したときは、いまだ大なる感興を誘はなかつたけれども、「幻想即興樂」Impromptu fantastique を聽くに及んで私は茲に切實なる同化を味ひ得たのであつた。同時に私は吾が樂界に於いてショパンを解するもの、只氏あるのみだとまで思つた。

    (筑紫三郎「ショパン印象録」『音楽界』第2巻第2号、明治42年2月、pp.21-22)

    『音樂界』第5巻2号
    明治45年日本人としてはじめてリサイタルを行う

    作曲も積極的に行なった。

    雑誌『音楽新報』第3巻1号掲載作品(明治39年1月)

    雑誌『音楽新報』第3巻11号(明治39年11月)

    雑誌『音楽新報』第4巻5号(明治40年5月)

    松本楽器合資会社の広告『音樂界』第3巻第10号(明治43年)

    彼は邦樂にも通じていたので、よく長唄や地唄のメロディーをテーマにして、ヴァリエーションを作ったり、それに日本風のハーモニーをつけたりして、これを和洋調和樂と稱していた。卒業してからも、ずッとそれをつづけ、このうちの數種類は出版されておる。「越後獅子」「十日夷(ママ)」「春雨」などがそれである。彼は日本のメロディーには日本風の獨特のハーモニーを附けなければならぬという意見を有し頻りに研究していた。彼は此の點に於て、たしかに先覺者の一人といってよい。

     「調和楽」(小松耕輔 1952 『音楽の花ひらく頃-わが思い出の樂壇』東京:音楽之友社:18)

    《調和楽 越後獅子》明治45年1月出版(多田個人蔵)

    調和楽 元禄花見踊》大正4年10月出版(多田個人蔵)

    シェーンベルクやスクリャービンの作品も日本人初演した

    大正3年11月14日、神田青年会館「近代楽大演奏会」プログラム(多田個人蔵)

    アレクサンドル・スクリャービン Alexandre Scriàbine(1872-1915)1897(明治30)年出版《24のプレリュード》Op.11の第4番ホ短調、第11番ロ長調

    アルノルト・シェーンベルク Arnold Schönberg(1874-1951) 1913(大正 2)年に出版《6つのピアノ小品》Op.19の第3番から第6番の‘Sehr langsame- Rasch aber leicht- Etwas Rasch- Sehr langsam’ 速度標語がほぼ一致する

    セルゲイ・ラフマニノフ Sergei Rachmaninov(1873-1943)1893年(明治26)年出版《プレリュード》Op.3 No.2 嬰ハ短調

    この作品は、以降、澤田のレパートリーとなる

    自動ピアノのピアノ・ロールを製作

    音楽界』第六巻第八号(大正2年8月発行)山葉自動ピアノ広告

    明治45(1912)年に第1号と第2号を発売、昭和初期まで製造

    85鍵用《越後獅子》(多田個人蔵)

    《雪は巴》(多田個人蔵)

    《蛍の光ヴァリエーション》(多田個人蔵)

    セノオ楽譜も数多く出版

    セノオ楽譜No.11《麗はしき天然》大正5年4月出版

    セノオ楽譜No.12《お江戸日本橋》大正5年4月出版竹久夢二がこの作品ではじめて表紙画を描く

    セノオ楽譜No.113《もしや逢ふかと》大正7年12月出版

    竹久夢二が表紙画に加えて作詞も担当

    セノオ楽譜No.114《雪の扉》大正8年1月出版

    声明を五線譜化

    『浄土宗法要式 洋式音譜附』表紙、附言、奥付(多田純一個人蔵)大正12年2月27日出版

    最初の《ピアノ・ソナタ》録音

    令和4年11月に小山内洋氏によって「テストプレス盤(マザー原盤)」が発見

    《悲愴ソナタ》第2楽章、第3楽章SPレコード未出版

    最初のショパン作品の録音

    大正12年12月出版、《ポロネイズ》「軍隊」

    お伽歌劇でもショパンの作品を演奏

    お伽歌劇《瘤とり》、SPレコード(多田個人蔵)

    《月光ソナタ》全楽章を録音・出版

    大正14年1月出版《月光ソナタ》全楽章

    (久野ひさによる同作品は死後に追悼の意味を持って大正15年2月に出版)

  • ショパンの歌曲《願い》

    ピアノ曲がほとんどのショパンの作品の中で、歌曲が歌われるきかは少ない。しかし、明治期から昭和初期にかけて、広く親しまれていた。幾度も形を変えて(旋律は変わらない、タイトルや出版形態が変わる)出版された。

    雑誌『音楽新報』第4巻第9号(明治40(1907)年9月)

    第1曲《願い》 Życzenie(ドイツ語ではMädchens Wunschと翻訳された)歌詞の一部がタイトルになっている

    雑誌『音楽界』第2巻第2号(明治42(1909)年2月)

    タイトルが「乙女の願ひ」に代わる(ドイツ語訳による)

    近藤朔風は近藤逸五郎のペンネーム

    『音楽新楽譜』第4集(明治41年分)(明治42(1909)年2月)

    第1曲《願い》Życzenie

    1番の歌詞はほぼ創作、2番は翻訳

    『名曲新集』(明治42(1909)雑誌『音楽界』第2巻第2号(明治42(1909)年2月)掲載の2作品を収録

    雑誌『音楽新楽譜』第243号(大正11(1922)年1月)

    『音楽新楽譜』第4集(明治41年分)(明治42(1909)年2月)のヴァージョンが復活 作詞者名も本名のまま

    セノオ楽譜459番(昭和2(1927)年6月)

    雑誌掲載ではなく、ピース形態として出版される

    ※本ページに掲載した資料はいずれも著者個人蔵です。

  • 初期のショパン国際ピアノ・コンクールは日本でどのように報じられたのか

    第1回大会:雑誌第一回大会について言及された記事は複数見られる。『音楽世界』第3巻第1号昭和4年(1929年)にて「ソウェートの尖端作曲家二人ショスタコーウィッチとロスラーウエフエツチ」(中根弘氏紹介)という記事では、ショスタコーヴィチShostakovich(1906 -1975 )について、「洋琴演奏家としても現代ソビエト洋琴界の花形である。1927年1月30日、ポーランドのワルシャーワで開催された国際洋琴演奏競技大会にオボーリン、ギンズブルグ、プリュ-シコフと共にソビエトの洋琴界から選ばれて出演した一事を以っても、彼の洋琴家としての地位が十分に判る。」と紹介され

    国際洋琴演奏競技大会」と表記された。

    『ビクターレコード昭和16(1941)年4月新譜(1941年)』には、新譜の《交響曲》第5番の作曲者ョョスタコーヴィチを紹介する文章において「1927年1月波瀾のワルシャワに於けるショパン・コンクウル、に際して、彼はレニングラアドからは彼一人が選ばれた。この一事を見ても洋琴演奏家として彼がレニングラアドに於て如何にその将来を期待されていたかが判る・楽壇から選ばれて出演した。・・・コンクウルの結果はオボオリンが第1位、ギンスブルグが第4位、ショスタコーウィッチの演奏は当然第3位を獲得するものと一般に期待されていたところ、最終日に彼は不幸にして“思わぬ厄災”に遭い出演不能となって惜しくも棄権してしまった。」と説明され、ショスタコーウィッチが入賞しなかった理由にまで言及している。

    第1回の時点で、「国際洋琴演奏競技大会」、「コンクウル」という表記の揺らぎが身られる。

    第1回が報事後告記事であったのに対し、第2回では告知記事が見られる、その際の表記は上記の通り、「国際洋琴演奏競技大会」に戻っている。

    第3回大会には日本人が初めて出場したこともあり、新聞記事が複数掲載され、記事も大きい。昭和12年3月14日付けの『読売新聞』では「ピアノの誇り世界最高の登竜門国際ショパン・コンクールへ出場する原・甲斐両嬢」と報じられ、「国際ショパン・コンクール」と、こんにちの表記「国際ショパン・ピアノ・コンクール」に近くなっている。3月12日付けの『読売新聞』では、「ピアノ・オリンピック 華かに開幕待望の原、甲斐両譲拍手の嵐に立つ 振袖姿も美しく」と報じられ、新たに「ピアノ・オリンピック」という表記が見られる。ショパン・コンクールが如何に優れたコンクールであるか、ということを示そうと試みた形跡がうかがえる。昭和12年3月12日付けの『読売新聞』でも「ピアノ・オリンピック 華華かに開幕待望の原、甲斐両譲拍手の嵐に立つ 振袖姿も美しく」と報じられ、再び「ピアノ・オリンピック」と表記された。昭和12年3月12日付けの『読売新聞』では「「原嬢ファン憤激 悔し十五位」と報じられ、本文内では、第三回国際ショパン・ピアノ・コンクールにおいて、原が入賞しなかった結果に聴衆が憤慨し、暴動が起こったことが説明されている。特筆すべきは、「第三回国際ショパン・ピアノ・コンクール」という表記が、現在の表記と同様になった点である(2025年10月に開催されたショパン・コンクールは、「第19回ショパン国際ピアノ・コンクール」と表記された)。

    この時はじめて「「ピアノ・オリンピック」と表記された。

    『読売新聞』昭和12年3月12日では「原嬢ファン憤激 悔し十五位」第三回

    国際ショパン・ピアノ・コンクールと表記された。

    表記の表記の変遷をまとめると以下になる。

    国際洋琴演奏競技大会

    ショパン・コンクウル

    国際洋琴演奏競技大会

    ショパン・コンクウル

    ピアノ・オリンピック

    国際ショパン・コンクール

    現在第19回:ショパン国際ピアノ・コンクール

  • ショパン国際ピリオド楽器コンクール

    伝統的な本家のショパン・コンクールでは、現代のピアノで演奏されるが、

    ピリオド楽器コンクールでは、ショパンが活きていた時代のピアノが使用される。

    ショパンが好んで演奏したと言われるプレイエルやエラール、ブッフホルツに加え、ブロードウッド、グラーフから楽器を選択しなければならない。さらにウィーン式アクションのブッフホルツかグラーフのいずれかと、イギリス式アクションのピアノを混ぜなければならない。そのため、楽器に関する知識や、微細なコントロールが試される。しかし、参加者は古楽器奏者だけではなく、現代のモダンピアノを中心に演奏するピアニストも多く挑戦する。それはやはり、ショパンの名前を冠したコンクールであり、ショパンコンクールの主催者である。ポーランド国立フリデリク・ショパン研究所が主催するからであり、このコンクールで認められれば、ショパン弾きとして認められることにつながるからだろう。

    第二回ピリオド楽器コンクールの入賞者発表の瞬間

    優勝したエリック・グオと、第3位のアンジー・チャン

    手形を取られるエリック・グオ

    コンクール後に東京で行われたガラ・コンサートのための記者会見

    本家のショパン・コンクールの方に注目が集まりがちではあるが、ピリオド楽器コンクールも見逃せない。

  • ショパン国際ピアノ・コンクールの歴史

    コンクール設立の背景

    ・第一次世界大戦終戦 1918年(大正7年)、ポーランドが国家として独立を回復、グナツィ・ヤン・パデレフスキ(1860年– 1941)が首相に就任、芸術・文化省を置く。→民族意識の高揚。

    フリデリク・ショパン音楽学校教授のイェジ・ジュラヴレフJerzy Żurawlewがフランス音楽と考えられていたショパンの音楽をポーランドに取り戻して愛国心を鼓舞しようと考え、サッカーの試合をモデルにしてコンクールの創設を考案。

    ポーランド楽派の流れ

    ショパン(1810-1849)

    弟子:カロル・ミクリ(1821-1897)

    孫弟子:アレクサンデル・ミハウォフスキ

    (1851-1938)

    ・ワルシャワ音楽協会主催

    ・ショパン高等音楽院校長、ワルシャワ音楽協会会長ヴィトルド

    ・マリシェフスキが審査委委員長、ショパン高等音楽院教授を中心  

     に実行委員会・審査員が組織される。

    ショパンの孫弟子の更に弟子の世代がショパン高等音楽学校の教授に

    ショパンの孫弟子の更に弟子の世代がショパン高等音楽学校の教授に

    lユゼフ・トゥルチンスキJozéf Turczyński

    l校長ヴィトルド・マリシェフスキWitold Maliszewskiワルシャワ音楽協会会長

    lビグニェフ・ジェヴィエツキbigniew Drzewiecki

    第一回大会1927年1月第1回大会開催8か国26人参加

    ピアノ:スタインウェイ、ベヒシュタイン、ベーゼンドルファー、

    プレイエル

    1位 レフ・オボーリン ソ連

    2位 スタニスワフ・シュピナルスキ  ポーランド

    ドミトリー・ショスタコーヴィチが参加、入賞せず

    第2回大会1932年3月開催18か国89人参加(200人以上が応募)

    ピアノ:スタインウェイ、ベヒシュタイン、ベーゼンドルファー、プレイエル

    1位 アレクサンダー・ウニンスキー パリ

    art_radio=1

    2位 イムレ・ウンガール(ハンガリー)

    3位 ボレスラフ・コン(ポーランド)https://www.youtube.com/watch?v=WvoqBE2DXuA&list=RDWvoqBE2DXuA&start_radio=1

    4位 アブラムルーフェル(ソビエト)

    3回大会アジアからはじめて原智恵子と甲斐美和が参加

    第3回大会と第4回大会の間に第二次世界大戦開戦

    1942年開催予定の第4回大会は延期

    第4回大会 1949年9月~10月(ショパン没後100周年)

    開催

    14か国 54人参加

    フィルハーモニーホールが壊滅したため、ローマ会館ホールを使用

     

    第1位ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ (ポーランド)

    第1位ベラ・ダヴィドヴィチ (ソビエト)

    第2位 バルバラ・ヘッセ=ブコフスカ (ポーランド)

    ショパン国際ピアノ・コンクールの歴史
    優勝すればスターに

    第5回大会 1955年2月~10月2月から3月にかけて開催)

    開催

    14か国 54人参加

    フィルハーモニーホール再建

    第1位 アダム・ハラシェヴィチ (ポーランド)

    第2位 ウラディーミル・アシュケナージ (ソビエト)

    第3位 ー・ツォン 中国

    第10位 田中希代子DVD『ワルシャワの覇者第27巻「アダムアダム・ハラシェヴィチ ショパンを語る」

    第6回大会 1960年2月~2月~3月にかけて開催(ショパン生誕150年)

    開催

    30か国 77人参加

    フィルハーモニーホール再建

    第1位 マウリツィオ・ポリーニ (イタリア)

    第2位 イリーナ・ザリツカヤ (ソビエト)

    日本人  小林仁 池田洋子、井内澄子

    第7回大会 1965年~10月に開催(この年から10月開催に、誕生日⇒命日)

    28か国 80人参加

    第1位 マルタ・アルゲリッチ (アルゲリッチ)

    第4位 内中村紘子 (日本)

    第8回大会 1970年から10月に開催(この年から10月開催に、誕生日⇒命日)

    28か国 80人参加

    第1位 ギャリック・オールソン (アメリカ合衆国)

    第2位 内田光子 (日本)

    第9回大会 1975年~10月に開催

    30か国 128人参加

    第1位 クリスティアン・ツィメルマン (ポーランド)

    第10回大会 1980年10月に開催

    30か国 128人参加

    第1位 ダン・タイ・ソン (ベトナム)

    第5位 海老彰子 (日本)

  • ショパンと彼のヨーロッパ」音楽祭

    ショパン国際ピアノ・コンクールは5年に一度であるがポーランドでは、毎年「ショパンと彼のヨーロッパ」音楽祭が開催されている。

    ショパン国際ピアノ・コンクールの入賞者をはじめ、注目を集めるピアニストのコンサートが連日行われるので、とても楽しい。

    聖十字架教会にて

    プログラムも豪華

    2023年にケヴィン・チェンがリサイタルを行った時の看板

    終演後にインタビューし、お写真をご一緒させていただきました。

    ピリオド楽器のコンサートも多数。

    ギター編曲の《ピアノ協奏曲》も演奏。

    編曲したイェジー・ケーニッヒ氏と共に

    終演後は多くの場合にサイン会が行われる

  • 第19回ショパン国際ピアノ・コンクールオープニングコンサート

    第19回ショパン国際ピアノ・コンクールのオープニングコンサートについても書いておきたい。チケットの入手がとても難しく、全ステージの通しチケットを持っていた私も、しばらく入口のプレス用カウンターでならなかった。チケット売り場はキャンセル待ちのお客様でごった返していた。入ることが出来ただけでも幸運だった。ご尽力くださったプレス担当のアーリンクさんに心から感謝。

    、「ショパンと彼のヨーロッパ」音楽祭のショパン・コンクール特別版のようなコンサートであった。最初は意外にも《ポロネーズ 作品40-1「軍隊」のオーケストラヴァージョン。この曲の冒頭を聴いた時点で、私は、今回は日本人にとって幸運なコンクールになるかもしれない。なぜならば、《軍隊ポロネーズ》は、日本人が日本で最初に演奏した作品であり、に日本初のショパン弾き澤田柳吉が最初にレコード録音した作品でもあるので、日本におけるショパン受容では、非常に重要な位置付けとなる作品なのである。

    ピアニストのトップバッターは、前回の覇者ブルース・リウ。作品はサンサーンスの《ピアノ協奏曲第5番

    naugural concert of the 19th Chopin Competition. The 19th International Fryderyk Chopin Piano Competition will be inaugurated by four of its winners, who will perform with the Warsaw Philharmonic Orchestra conducted by Andrzej Boreyko. Bruce Liu will perform Camille Saint-Saëns’ Piano Concerto No. 5 in F major, while Yulianna Avdeeva and Garrick Ohlsson will perform Francis Poulenc’s Concerto for Two Pianos and Orchestra. Yulianna Avdeeva, Bruce Liu, Garrick Ohlsson and Dang Thai Son will meet in the Concerto for 4 Pianos by Johann Sebastian Bach. The opening gala will begin with Fryderyk Chopin’s Polonaise in A major in an orchestral version.photo by Wojciech Grzedzinski
    mob 0048602358885
    wojciech.grzedzinski@gmail.com
    wojciechgrzedzinski.pl photo by Wojciech Grzedzinski
    mob 0048602358885
    wojciech.grzedzinski@gmail.com
    wojciechgrzedzinski.pl

    続いて2010年のは、、ユリアンナ・アヴデーエワと審査委員長ギャリック・オールソンによるプーランクの《2台のピアノとオーケストラのための協奏曲》

    naugural concert of the 19th Chopin Competition. The 19th International Fryderyk Chopin Piano Competition will be inaugurated by four of its winners, who will perform with the Warsaw Philharmonic Orchestra conducted by Andrzej Boreyko. Bruce Liu will perform Camille Saint-Saëns’ Piano Concerto No. 5 in F major, while Yulianna Avdeeva and Garrick Ohlsson will perform Francis Poulenc’s Concerto for Two Pianos and Orchestra. Yulianna Avdeeva, Bruce Liu, Garrick Ohlsson and Dang Thai Son will meet in the Concerto for 4 Pianos by Johann Sebastian Bach. The opening gala will begin with Fryderyk Chopin’s Polonaise in A major in an orchestral version.photo by Wojciech Grzedzinski
    mob 0048602358885
    wojciech.grzedzinski@gmail.com
    wojciechgrzedzinski.pl photo by Wojciech Grzedzinski
    mob 0048602358885
    wojciech.grzedzinski@gmail.com
    wojciechgrzedzinski.pl

    最後はダン・タイソンも加わり、4台のピアノ協奏曲という豪華さ。

    素晴らしいコンサートで感動し、泣きまくった。

    naugural concert of the 19th Chopin Competition. The 19th International Fryderyk Chopin Piano Competition will be inaugurated by four of its winners, who will perform with the Warsaw Philharmonic Orchestra conducted by Andrzej Boreyko. Bruce Liu will perform Camille Saint-Saëns’ Piano Concerto No. 5 in F major, while Yulianna Avdeeva and Garrick Ohlsson will perform Francis Poulenc’s Concerto for Two Pianos and Orchestra. Yulianna Avdeeva, Bruce Liu, Garrick Ohlsson and Dang Thai Son will meet in the Concerto for 4 Pianos by Johann Sebastian Bach. The opening gala will begin with Fryderyk Chopin’s Polonaise in A major in an orchestral version.photo by Wojciech Grzedzinski
    mob 0048602358885
    wojciech.grzedzinski@gmail.com
    wojciechgrzedzinski.pl photo by Wojciech Grzedzinski
    mob 0048602358885
    wojciech.grzedzinski@gmail.com
    wojciechgrzedzinski.pl

  • 波瀾の連続だった第19回ショパン国際ピアノ・コンクール

    大きな話題となった第19回ショパン国際ピアノ・コンクール

    10月の本大会までは波瀾の連続であった。

    まず、上位入賞が期待された亀井聖矢が予備予選敗退。

    同じく上位入賞が予想されていた

    イム・ユンチャンがエントリしなかった。

    エントリーしないと噂されていた

    桑原詩織が規定の変更により急遽参戦した。

    Shiori Kuwahara performs during the 1st stage of the 19th International Fryderyk Chopin Piano Competition in Warsaw Philharmonic Hall, Poland, 5th of October, 2025.
    Photo by Wojciech Grzedzinski for NIFC1

    Shiori Kuwahara performs during the 1st stage of the 19th International Fryderyk Chopin Piano Competition in Warsaw Philharmonic Hall, Poland, 5th of October, 2025.
    Photo by Wojciech Grzedzinski for NIFC

    そして、2015年に第4位入賞のエリック・ルーが

    参戦したことで、優勝候補はケヴィン・チェン一択と予想されていたが、優勝候補が2人に増えた。実質一騎打ちだったと言える。結果はコントロールと自分の見せ方を熟知していたルーの優勝。納得の結果である。

    ケヴィン・チェンの演奏は素晴らしく、早速話題を呼んだ。

    《エチュード》作品10のあまりにも速いテンポは、世界中の視聴者を驚かせたのだった。

    Kevin Chen performs during the


    1st stage of the 19th International Fryderyk Chopin Piano Competition in Warsaw Philharmonic Hall, Poland, 4th of October, 2025.
    Photo by Krzysztof Szlezak for NIFC
    Eric Lu performs during the 1st stage of the 19th International Fryderyk Chopin Piano Competition in Warsaw Philharmonic Hall, Poland, 6th of October, 2025.
    Photo by Krzysztof Szlezak for NIFC

    さらにティアンヤオ・リュウのようなキャラクターで人気を得つつ、演奏も素晴らしいというスター性のあるピアニストも登場し、高い評価を得た。

    Tianyao Lyu performs during the 1st stage of the 19th International Fryderyk Chopin Piano Competition in Warsaw Philharmonic Hall, Poland, 6th of October, 2025.
    Photo by Krzysztof Szlezak for NIFC2
    Tomoharu Ushida performs during the 1st stage of the 19th International Fryderyk Chopin Piano Competition in Warsaw Philharmonic Hall, Poland, 3rd of October, 2025.
    Photo by Krzysztof Szlezak for NIFC3

    牛田智大はファイナルまであと一歩というところまで進み、

    ついに日本人優勝者が誕生するのでは、とファンの期待を高めた。

    前回セミファイナルに進出し、高い集中力と、抜群の抒情性で人気を得た

    進藤 実優は、ファイナリストとなった

    Miyu Shindo performs during the 2nd stage of the 19th International Fryderyk Chopin Piano Competition in Warsaw Philharmonic Hall, Poland, 12th of October, 2025.
    Photo by Krzysztof Szlezak for NIFC4Miyu Shindo performs during the 2nd stage of the 19th International Fryderyk Chopin Piano Competition in Warsaw Philharmonic Hall, Poland, 12th of October, 2025.
    Photo by Krzysztof Szlezak for NIFC

    ショパンコンクールへの日本人の貢献度は、参加ピアニスト、聴衆の多さ、配信への視聴数の多さ、どの角度から見ても非常に高い。

    これだけ貢献しているのだから、その貢献度も評価して欲しものである。中国人では、リ・ユンディ、韓国人ではチョ・ソンジンが優勝している。

    第一次予選で敗退した10名の日本人ピアニストは全員が卓越したテクニックと充分な抒情性と適度な個性を表現し、コンクールのレベルそのものを押し上げたと言っても過言ではない。

    次回230年は、ショパンコンクール創設100周年記念にあたる。時間十分、時は整った。

    もしかすると、その次回こそ日本人が優勝する時なのかもしれない。

    1. ↩︎
    2. ↩︎
    3. ↩︎
    4. ↩︎

  • 第19回ショパン国際ピアノ・コンクール審ジョン・リンク審査員

    ファイナルの最終日翌日に審査員のジョン・リンク先生にお会いすることができました。

    お疲れ様のところ貴重な時間を割いてくさり、ウェデルというチョコレート屋さんでお茶を飲みながらゆっくり会話することができました。

    リンク先生が取材として「オフィシャル」にしても良いと言ってくださった内容は、雑誌「モーストリークラシック」に書かせていただきました。

    是非ご一読ください。

  • 第19回ショパン国際ピアノ・コンクール審査員児玉桃氏インタビュー

    日本人審査員の一人である児玉桃先生にインタビューしました。

    ・ショパンコンクールの審査員は初めてですが、いかがですか?

    タフなコンクールと聞いていたが想像以上にたいへんです。長い時間集中力を蓄えるために体力の管理をしっかりして、昼休みには横になり体を休めて、ひとつひとつしっかり聴かせていただきました。

    ・いくつかの国際コンクールで審査員を務めて来られましたが、レベルを含めショパンコンクールならではと感じたことはありますか?

    注目度が高い事です。テレビや動画配信など、本当に他にないほどに注目度が高いと感じました。5年に一度しか行われず、開催が待ち遠しく良い意味での緊張感があります。舞台にたったピアニストがどれだけプレッシャーを背負って舞台に上がって演奏したのかを思うと、とてもリスペクトすべきものだと思います。今後クラシック世界を背負っていく若いピアニスト達が、たくましいと感じました。

    ・ご自身がショパンコンクールを受けたときの思い出は?

    1990年に18歳で参加しました。参加する以前にはエピナル国際ピアノコンクールで優勝しておりましたが、ここまで大きいコンクールは初めてでした。その当時は動画配信もなかったと記憶しています。バラード1曲なら3曲を練習しましたし、若いときにはそうした準備の時間がありました。私の中で大きなストーンになっており、ある意味ではスタートポイントでした。当時、ラジオでは配信されており、イヴァン・クランスキがそのあとチェコに呼んでくださったり、アントニンや、ショパン協会に呼んでいただいたり、それから35年後にこうして審査員として呼んでいただいて、ケヴィン・ケナーが2位のときで、アシュケナージ審査員にいて、たくさんの出会いがあります。

    ・審査の雰囲気を教えて

    みなさんもちろん独自のお考えがあり、特にショパンはいろんな捉え方があって、若いピアニストたちもいろんな解釈があって、幸いなことにひとつではなくいろんな意見があって、あまり話し合いはしない、とてもなごやかな雰囲気です。

    ・採点方式が変わって、そのことについては?

    前の方式よりもよかれと思って、いろんな研究をして変えた方式だと思うので、結果が出てみないとわかりません。

    ・点数をつけるのに困難は感じますか?

    個人的には常に困難です。それが総合点が出て、いろいろ計算されていきます。

    ・点数を遡ってつけ直すこと、つけ直したくなることはあるか?

    思ったときの率直なことでその瞬間で点数をつける。いろんなことを研究なさってこういう方式になったと思うので。

    ・審査のときにどこにいちばん重きを置きましたか?

    順位をつけないといけないわけで、前に聴いた人のことを忘れて、いまの人に集中して点数をつける。その人の表現したいこと、個性を評価するようにした。経歴とかナショナリティとかなしに、本当に音楽だけに集中するようにいたしましたので、音楽がショパンらしいとかショパンのスタイルからはずれているとか、もちろん作曲家によってそれぞれ違うのですが、ショパンがもし生きていたらどんな演奏に興味を持ったか、わからないわけで、弟子から見たショパンみたいに、日本のお能の口伝みたいに、いま生きている作曲家とやるときには、作曲家の意見を聴くとああそういう演奏もあったのね、と別のことを思うこともあるし、わからないんですね。自分が思うためには先生の意見や自分の本からの勉強など、それをプレッシャーの中で力を出し、自分の音楽を出す、どういうことを考えてこういう演奏になるのか、率直に出し切れていないかな、と思うこともあるが、それら何月何日の演奏に過ぎないし、生きた音楽の素晴らしさでもあるが、コンクールはそのときに出しきらないといけない、長い目でいろんなひとりひとりの思い、いいとか悪いとかより、ひとりひとりの思いを長い目で見たいと思って聴いています。

    ・若いピアニストの印象は?

    詩的、ショパンはピアノの詩人、詩はただのドリーミーではなくて詩はパッシブだけでなくこちらから求めていくものでもある。

    ・ポエジーな人が多いという印象か?

    多いとは思わない、若い人に聞いてみたい。創造というのはひとりひとり違いがあるべきだと思う。

    ・日本人の参加者の演奏の印象は?

    ひとりひとり個性があって嬉しく拝見。若いときから外国にいますが、わたくしのルーツは日本にありますので、ひとりひとりの強い個性を持った、1次からそう思った、独自の思い切った演奏。

    ・今回アジア系のピアニストが多いが、ヨーロッパ系とアジア系の違いは感じる?

    アジア系ではないように演奏するとか、小澤征爾さんや内田光子さんの時代はあったのだと思いますが、いまはそういうことは全然ないので、いいことだと思う。ショパンもこんなポップスターみたいに人気になって、喜ぶと思う。

    ・4台のピアノについては?

    同じピアノでもピアニストによって違いが出るので、コンテスタントがどう弾くか。どのピアノを弾いているか忘れるくらい、コンクールであることも忘れるのが理想。

    どういうことを考えて弾いているのかを、見ていくようにしている。これがスタートにならなくても、このあとスタートポイントになるかもしれない。

    ・優れたショパン演奏とは何か、最も重要な資質はなんだと思うか?

    歌があり、ショパンはオペラが好き、ベッリーニが好きで、それに伴奏がついていて、とてもコンプレックスな作曲家だと思う。複雑な中にポリフォニー、見えないところに縦の線がある、完璧な作曲家。しくみの中にある時間、歌だけでなく、オペラは言葉があって、言葉で語りかける、歌心も大事ですが、なにがそれを語っているか、それがハーモニーのストラクチャー。そういうバランス、このプレッシャーの中でそれらをどうバランスよく演奏するか、モーメンツ・オブ・グレイス、なにかその特別な瞬間、私にとってはそれがショパンです。

    ・失礼な質問ですが、亀井さんの出場、予備予選クリアできなかった理由は?

    そのときに審査をしなかったのでわかりません。

    ・今回のみなさんの演奏を聴いて、亀井さんの予備審査での演奏をどう思うか?

    私の生徒なので言えないですが、予備予選はとてもよい勉強になりましたし、身についた遺産、大きなプラスだと思いますので、ショパンの呼吸を勉強したと思いますし、そのあとの演奏に反映されているので、ヨーロッパで大事なデビューが彼は控えていますので、ドイツとフランスで控えているので、勉強したことはよかったと思う。

    ・エディションは普段なにを使っていらっしゃるか?

    → 私が参加した時はパレデフスキ版が多かった時代でした。近年はエキエルも見ていますし、いろんなものを見ています。コルトーを参考にしていて、コルトー版も好きです、いろんなものを見て研究しています。